camiyuiの秘密

約15年前1991年私は京都の先輩の紹介で12000キロも離れた異国ロンドンの美容室で働いていました。
お客様は駐在員の日本人の方がほとんどだったが、時には英国人はもちろんポーランド人などいわゆる外国人を担当させていただいていました。
しかし良く考えてみると当時は自分が外国人であり、であるがゆえに色々な体験をしました。

オーナーはロンドンの日本人サロンの草分けで嶋氏と西口氏の共同経営だった。
技術派の嶋氏と論理的で経営肌の西口氏の絶妙な舵取りが老舗の歴史を作っていた。

私は午前の短い時間を美容の仕事に費やし、午後は英語を英語で習うというウルトラCの生活パターンでした。
極めつけは食事でしたが仕事に携わる時間が短いので給料が当然少なく、自炊を余儀なくされました。
日本の生活のようにコンビニも少なく、もちろんあってもおにぎりなど決して売っていないですから、ほとんど毎日カレーの日も続いて
帰国したときは顔が黄色くなっていないかと心配するほどでありました。
ひもじく、りんご一つだけの食事の時もきちんと家計簿を付けて自己管理をしました、でもそれが今のお店の経営にはきちんと役に立っています。
あれ以上の究極の節約耐乏生活は自分史には過去にはありませんでした。

英語を習いたい欧州の友人も学校で作る事が出き、楽しい生活も続きましたが、ホームシックや日本の生活スピードとは程遠いロンドン生活には常に不安を持っていました。
なぜなら当時の私には日本での出店独立の夢があったからだったのでした。

言いたい事を流暢に語れないもどかしさは学校で鯨の論議についての時に特に思いました。
韓国人、中国人などのアジア連合とも言うべき国々の人を除いて、英国人の先生は急先鋒、普段仲の良いイタリア、スペインとにかく鯨については
野蛮と言い負かされました。その悔しさは今でも強い思い出です。

ここに書ききれないほどの多くの体験をした私はきっちりと丸一年でCamiyuiを後にしました。
それでも新婚旅行を含め三度、第二の故郷としてかの地を訪れる事が出来ているのは嶋氏と西口氏の暖かい心があったからなのです。